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宝物

宝物館の御案内

宝物館は、春と秋にのみ特別展として開館しております。
一般参拝、並びに団体参拝でお越しの際にご拝観頂けます。

当山に伝わる宝物の一部をご紹介します。
※こちらに掲載の重要文化財、絵画は京都国立博物館並びに奈良国立博物館に寄託されており当山宝物館には常設されておりません

重要文化財

善導大師像:鎌倉時代

中国、唐時代の高僧で法然上人が御自身の師として尊敬されていました。
そのため、浄土宗では法然上人と並んで大切にされています。
半身を金色で現す表現は法然上人の夢の中に現れた姿で仏の化身であることを意味していると考えられます。

蝦蟇鉄拐図(中国:元代)顔輝筆

作者の顔輝は元を代表する画家の一人で、その真作は世界で唯一この一点とされています。
蝦蟇仙人と鉄拐仙人の二人を対幅とし、その迫力ある構成とリアリティーある精緻な表現は元の名画に相応しいものとなっています。

仏涅槃図:鎌倉時代

鎌倉時代後期の涅槃図で、左奥には八本の腕の弁財天、右奥には阿修羅が見えています。
江戸時代の涅槃図には猫が描かれていることが多いですが、このような古い涅槃図には見られません。

彫刻

阿弥陀如来立像:平安時代後期

観音勢至両経脇侍:鎌倉時代
もと、知恩寺の内仏として法主(住職)の部屋に安置されていました。現在は衆会堂に安置されています。
三尊とも江戸時代の修理で漆箔が施されていますが、中尊は平安時代後期の定朝様、脇侍は躍動感のある鎌倉時代の作風をみせています。

釈迦如来坐像:平安後期―鎌倉時代

知恩寺の本堂である釈迦堂の本尊として安置され、一丈六尺の大きさを誇ります。
寺伝では慈覚大師円仁御自作と伝わっています。体の一部は平安時代のものとみられますが、胎内の書付より寛文四年(1664)に光譽上人によって再興されたことがわかっています。

阿弥陀如来立像:鎌倉時代

阿弥陀堂の本尊としてまつられている阿弥陀如来像。服制、爪が長く、肉髻が低い等の容姿から、鎌倉時代に流行した中国、宋風の姿とわかります。

阿弥陀如来立像:鎌倉時代

近年の調査で鎌倉時代の著名な仏師である快慶作の可能性が指摘されています。
快慶は壮剛な東大寺南大門の仁王像を制作したことで知られますが、当時は阿弥陀如来像の制作に秀でていることで有名でした。
彼の造る阿弥陀如来像は、安阿弥様と呼ばれ、定朝様と並んで明治時代に及ぶまで仏像の模範とされました。
本像は全体的に絵画的かつ繊細で、快慶の若い時代の特徴をよく表した作風となっています。
また、衣に施された細やかな截金は鎌倉時代から変わらず美しい輝きを放っています。
御影堂(大殿)の左脇壇に安置されています。

法然上人坐像:室町時代 大永三年(1523)

御影堂(大殿)の中心に座す像。寄木造りで、像内部には「法然上人御骨」と知恩寺第二世の源智上人によって書かれた包紙に納められた遺骨と遺髪を納めています。

絵画

阿弥陀三尊像:高麗時代(13世紀)

東洋仏画の名品群の一つとなる作品。
ふくよかで気品のある顔立ちと、細部まで緻密に描き込まれた筆使いが見どころです。
日本の仏画と異なって肉身に肌色を用いて写実的な描写を行っています。

浄土変相図:鎌倉時代

俗に當麻曼陀羅と呼ばれる作品の摸本の一つ。
奈良の當麻寺に伝わる原本に因んでこの名前があります。
東洋絵画には珍しく高い所から見下ろした奥行きのある構図が特徴で、原本より大幅に縮小されて広く流行しました。
當麻曼陀羅と呼ばれますが変相図とは浄土の風景画といった意味になり、仏の宇宙観を平面的に表した密教的な曼荼羅とは異なります。

大念珠

寺伝によるところの第八世善阿空圓上人が百萬遍の勅号、利剣名号軸と共に後醍醐天皇から下賜されたとされる大念珠です。

利剣名号

当山の第八世善阿空圓上人が宮中の秘蔵であったこの掛け軸を後醍醐天皇より賜ったと伝わります。
名号とは、南無阿弥陀佛の六字で書かれた阿弥陀如来の名を書いたものをいいます。